中村児太郎さんは、六代目として名門・成駒屋を背負い、歌舞伎界きっての若手女方として存在感を高めています。
1999年に歌舞伎座『壺坂霊験記』で観世音役として初お目見得し、翌2000年に『京鹿子娘道成寺』などで六代目中村児太郎を名乗りました。
その後も坂東玉三郎さんの教えを受け『阿古屋』などの大役に挑戦。
2024年2月には第45回松尾芸能賞新人賞を受賞するなど、評価を確立。
舞台だけでなく学生時代のラグビー経験を生かし、ラグビーW杯関連の解説動画にも取り組んでいます。
本日は中村児太郎さんの若い頃について調べました。
中村児太郎(6代目)の大学や経歴は?青山学院大学文学部比較芸術学科卒!

祖父は七代目中村芝翫(人間国宝)。父は九代目中村福助で、従兄弟に六代目中村勘九郎と二代目中村七之助がいます。
初舞台は1999年11月、歌舞伎座『壺坂霊験記』。観世音役として「中村優太」の名で初お目見得。
翌2000年9月、『京鹿子娘道成寺』の所化、『菊晴勢若駒』の春駒の童を勤め、六代目中村児太郎を名乗り初舞台を踏みました。
その後は『雪姫』『阿古屋』『お三輪』『雲の絶間姫』など、女方の難役に次々と挑戦。
国立劇場奨励賞や松尾芸能賞新人賞を受賞するなど、着実に評価を高めてきました。
小学校から大学まで青山学院で学びました。
大学では比較芸術学科へ進学、日本の伝統芸能である歌舞伎や能楽を、世界のさまざまな芸術と比較しながら学びました。
大学1年生の頃からすでに国立劇場の歌舞伎教室で大役を務め、「学び」と「実践」の両輪で芸を磨いてきたことが分かります。
「お家の芸」と「大学での学問」を本格的に両立させている歌舞伎俳優は、少ないと感じます。
華やかな舞台の裏で、芸術を学問として客観的にも見つめてきたからこそ、今の児太郎さんの奥行きある表現につながっているのでしょう。
【画像】中村児太郎の子供の頃はやんちゃで真面目!
中村児太郎さんを子供の時から知る坂東巳之助が、2020年 11月10日、歌舞伎人の対談でこう明かしています。
児太郎くんは普段はやんちゃで活発ですが、芸には真面目。最近、舞台で着実に成果を挙げていて、小さい頃から知っている素の彼と同じ人?と思うほどです。情報引用元:https://www.kabuki-bito.jp/
子どもの頃は、稽古場や楽屋に出入りし、同世代の役者仲間と元気いっぱいに走り回っていたのでは?などと想像します。
家庭環境は、まさに「歌舞伎一色」。
身内には人間国宝など、錚々たる顔ぶれがそろっています。
そんな中で育った児太郎さんは元気いっぱいで、持てるエネルギーを歌舞伎に注ぎ込んでいたのでしょう。
という二面性こそが、児太郎さんの魅力の源だと感じます。
【画像】中村児太郎はラグビーに熱中した学生時代!

児太郎さんは青山学院の初等部・中等部・高等部と進学し、その間ずっとラグビー部に所属。
ラグビーを始めたきっかけは
「友達がみんなラグビー部に入ったから」
という、とても素朴な理由。
というのも、運動部はラグビー部しかなかったそうです。
2019年3月20日のサンスポで、中村さん本人がこのように明かしています。
「小学生(青山学院初等部)のとき、運動できる部活がラグビー部しかなかったので。そのまま中等部、高等部と続けました。祖父からは『やりなさい』と言われ、家族も賛成してくれました」
情報引用元:https://www.sanspo.com/
背番号13番のセンターとして試合に出場し、タックルや走り込みで鍛えました。
ラグビーで鍛えた足腰や瞬発力が、女方としてのしなやかな動きや長時間の舞台を支える体力に直結していると感じます。
2011年6月19日に行われた青山学院高等学校 vs 成蹊高校の試合では、背番号13番としてスタメン出場。
細身ながらも当たりの強さや、味方との連携を大切にするプレースタイルです。
全く異なるラグビーと歌舞伎という2つの活動ですが、実は共通でがあるということ。
2022年5月28日の和楽のインテビューではこのように紹介しています。
ラグビーは勝つことを目標に戦います。もちろん観客の前でやるスポーツでもありますけれども、チーム対チームが中心。」
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「ラグビーには15人の仲間がいて、”One For All, All For One”(ワンフォーオール、オールフォーワン)の考え方が根付いています。歌舞伎もチームワークでやるもの。1人が欠けたら成り立ちませんし、ミスをしたらチームでカバーする。そういう意味では共通点はあると思いますね」情報引用元:https://intojapanwaraku.com/
パスがうまくつながらなかったとき、どう立て直すかが大事だというラグビーの感覚は、
「舞台で誰かが段取りを飛ばしても、全員でカバーして作品を守る」
という意識にもつながっているようです。
2019年のラグビーワールドカップ日本大会や2023年のフランス大会では、自身のメディアで試合の見どころを語るなど、
「元ラガーマン歌舞伎俳優」
としての顔も魅せています。
日本ラグビー界のカリスマ田村優選手の
「誰も自分たちがどれだけ犠牲を払ってきたか知らない」
という言葉に強く心を動かされたと語っており、厳しい稽古を積み重ねる歌舞伎の日々と重ね合わせているのです。
まとめ:【画像】中村児太郎の子供の頃はやんちゃ!ラグビーに熱中の学生時代!
本日は歌舞伎役者・中村児太朗さんの子供の頃について調べました。
*中村児太郎(6代目)さんは名門・成駒屋を背負う歌舞伎界きっての若手女方
* 青山学院初等部から大学まで一貫教育を受け、1999年の初お目見得以来、舞台と学業を両立
* 坂東巳之助さんに「普段はやんちゃで活発、芸には真面目」と評される
* 小学校から高校まで青山学院ラグビー部でセンターとして活躍
*ラグビーで培ったチームワークと精神力を、歌舞伎の舞台にそのまま生かす「体育会系歌舞伎俳優」
「名門の御曹司」ではなく、「学び・スポーツ・伝統芸能を全力で駆け抜けてきた一人の青年」としての姿が鮮やかに浮かび上がります。
これからの活躍にも注目しましょう。



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