久米宏さんはラジオやイベントなどで、そのユーモアと鋭い視点を活かしたトークでおなじみの名キャスター。
2026年1月13日、久米宏さんの訃報が伝えられました。享年81歳。
2024年にはニッポン放送の特番「久米宏と1日まるごと有楽町放送局」に登場し、往年のファンを喜ばせただけでなく、若い世代にも「伝説のアナウンサー」として存在感を示しました。
いま振り返ると、『ザ・ベストテン』や『ニュースステーション』で見せた若い頃の姿は、現在につながる“テレビの歴史そのもの”だったと感じられます
本日は久米宏さんの若い頃を調べました。
久米宏の学歴&経歴とプロフィール!
【訃報】
— taca (@taca) January 13, 2026
キャスター 久米宏氏 死去 81歳
昔々の若い頃、ある程度長い期間、久米さんのチームで仕事をした。
「伝える」とは何か?「受け取る」とは何か?を常に問い続け、若造のアイデアを面白がって、よく採用してくれた人だった。
チームを離れた後も、別番に呼んでくれたりもした。…
本名:久米宏(くめ ひろし)
生年月日:1944年7月14日
没年月日:2026年1月13日(享年81歳)
出身地:埼玉県浦和市(現在の埼玉県さいたま市浦和区)
姉が3人いる4人きょうだいの末っ子として生まれ、父親は国鉄と東芝に勤めた技術者。
幼少期は疎開先の埼玉県児玉郡や、東京都品川区北品川の下町で過ごしています。
久米さん自身の配偶者や子どもについては公には多く語られておらず、家族のプライベートを大切にしてきました。
品川区立城南第二小学校から東京都立大学附属高等学校(現・東京都立桜修館中等教育学校)を経て、早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業。
早稲田大学では演劇サークル「劇団木霊」に所属し、舞台に熱中した経験が、のちの“間の取り方”や“見せ方”に大きな影響を与えたと言われています。
1967年4月にTBSへアナウンサー12期生として入社し、ニュースやバラエティ、ラジオ番組を担当しながら、徐々に個性的な語り口とウィットで頭角を現していきます。
ヤング久米宏&ヤング平野レミ。 pic.twitter.com/cHe6pKAtMb
— 吉田光雄 (@WORLDJAPAN) October 31, 2017
入社直後には激務や極度のあがりやすさから体調を崩し、結核で休養する時期もありましたが、そこから復帰して一線に戻ってきた粘り強さも、久米さんの魅力のひとつです
TBSアナウンサーを経てフリーアナウンサー・司会者・タレント・ラジオパーソナリティとして活躍。
【画像】久米宏は山口百恵ファンだった!若い頃!ザベストテンで黒柳徹子と名コンビ!
山口百恵さんって、こんに面白い方だったとは!!!!!
— 80's アイドル親衛隊 (@80s_idol_club) August 28, 2024
ファンの方は知っている方も多いと思いますが、私は、今日知りました🙇♂️すごく親近感が湧きました😳
TBSのお正月特番?のザ・ベストテンで、久米さんの隣で玉ねぎ頭姿の山口百恵さん😍✨… pic.twitter.com/MgLFcoa4WN
『ザ・ベストテン』はTBS系で1978年1月から1989年9月まで放送された音楽ランキング番組で、久米宏さんは1978年の放送開始から1985年まで司会を務めました。
黒柳徹子さんとのダブル司会は、まるで漫才コンビのようなテンポの良さで、ランキング発表だけでなくトークそのものが番組の見どころでした。
若い頃の久米さんは、当時としては珍しい
“軽妙で少しとぼけた雰囲気”と、
“辛口だけど嫌味にならないコメント”
で視聴者を惹きつけていました。
生放送中にゲストや黒柳さんに対してさらっと突っ込む姿や、思わず笑ってしまうような言い回しは、今でも映像が紹介されるたびに話題になります。
こうしたやりとりが積み重なり、『ザ・ベストテン』は単なるランキング番組を超えた“エンターテインメントショー”として記憶されています。
黒柳さんの自由奔放さと、久米さんのクールでひねりの効いたコメントがぶつかり合いが楽しみで、筆者も毎週
「今日はどんな会話が飛び出すんだろう」
とワクワクしながらテレビの前に座っていたことを思い出します。
ちなみに久米さんは、自身のラジオ番組で山口百恵さんを良く紹介していたそうです。
2018年2月17日のAERAデジタルでは、こんなことを明かしています。
百恵ちゃんに関しては、自信があったんです。僕はラジオで音楽番組を持っていたので、イチオシだって延々と紹介していたら、少しずつレコードが売れるようになってきて。僕が頑張ったんだ、っていう自負を持っていた。情報引用元:https://dot.asahi.com/
【画像】久米宏の若い時!ニュースステーションで小宮悦子と!
若い頃の久米宏、ダウ90000の蓮見さんに似てる気がする pic.twitter.com/UtZqfa9FYN
— 黒髪乙女論争 a.k.a.ラムダ (@iframuda) February 5, 2023
1985年10月、テレビ朝日系でスタートした『ニュースステーション』は、平日夜10時台という時間帯に放送される新しいスタイルのニュース番組でした。
久米宏さんはメインキャスター、小宮悦子さんはサブキャスターとして、1985年から1998年までコンビを組み、多くの視聴者に親しまれました。
『ニュースステーション』では、それまでの“淡々と読み上げるニュース”とは違い、久米さんが自分の言葉で世の中の動きを語り、時に皮肉やユーモアを交えながら伝えるスタイルが特徴でした。
小宮さんは、落ち着いた声ときりっとした雰囲気でニュースを伝え、ニュース番組での女性アナウンサーの役割に大きな影響を与えました。
小宮悦子さんは、のちにトーク番組『サワコの朝』などで、久米さんにハイレベルな指導を受けたとのエピソードを語っています。
たとえば、ニュースの読み方について
「ニュース読んでるんだけど読まないでくれる?」
といった一言をかけられ、意味を自分なりに考え続けていたことを明かしています。
また、小宮さんの初恋の相手と再会する企画があった際、その男性を見た久米さんが
「君なかなか男性の趣味がいいね」
と一言褒めたのが、長い共演の中でほぼ唯一のストレートな“ほめ言葉”だったと、小宮さんは笑いながら振り返っています。
『ニュースステーション』でのコンビは、そんな厳しさと信頼関係が同居し、画面を通しても独特の緊張感と安心感が伝わってきたのだと感じられます。
2018年には、久米宏さんと小宮悦子さんがイベントで約20年ぶりに“名コンビ復活”として並んで登場し、客席を沸かせました。
まとめ:【画像】久米宏の若い頃!昔のザベストテンからニュースステーションまで!
本日は久米宏さんの若い頃を画像ともに振り返りました。
*早稲田大学政治経済学部卒業後、1967年にTBSへ入社。
*『ザ・ベストテン』『ニュースステーション』という2つの伝説的番組を担当
*『ザ・ベストテン』で、黒柳徹子さんとの掛け合いが“人気となり、お茶の間を魅了
*『ニュースステーション』では、ニュースにコメント性とエンタメ性を持ち込むスタイル
*夜10時のニュースの形を変え、現在の報道番組にもつながる新しい流れを作った
数々の伝説を作ったアナウンサーの久米宏さん。
久米さんに代わるアナウンサーはこの先何年も登場しないでしょう。
久米宏さんのご冥福をお祈り申し上げます。
久米宏さんと名コンビだった小宮悦子さんの元旦那に関する記事をこちらで紹介しています。

小宮悦子さんのかわいい若い頃の画像は、こちらで紹介しています。



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