ヤマザキマリの高校や学歴は?聖心女子学院中退でフィレンチェ美術学院留学!

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漫画『テルマエ・ロマエ』の作者として知られるヤマザキマリさん。

近年は漫画家だけでなく、文筆家・画家・大学の客員教授としても多方面で活躍しています。

2020年代に入ってからはテレビの教養番組や新聞・雑誌の連載エッセイ、さらにはイタリアと日本を往復しながらの講演活動も増えました。

2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは開会式のゲスト解説者として、漫画家という枠に収まらないイタリア通ならではの豊富な知識に基づく解説に驚きの声があがりましたね。

「国境を軽やかに越えて生きる表現者」として、ますます存在感を高めています。

本日はヤマザキマリさんの高校や大学などの学歴や経歴について調べました。

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目次

ヤマザキマリの経歴&プロフィール!

  • 本名:非公表(ペンネーム:ヤマザキ マリ)
  • 生年月日:1967年4月20日(2026年現在 58歳)
  • 出身地:東京都生まれ、幼少期に北海道千歳市へ移住
  • 最終学歴:イタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院(美術史・油絵専攻)
  • 職業:漫画家、随筆家(文筆家)、画家、東京造形大学客員教授、日本女子大学特別招聘教授

夫はイタリア人の比較文学研究者で、ヤマザキマリさんより14歳年下。

2002年頃に結婚。出会いのきっかけは古代ローマをテーマにした話で意気投合したことです。

息子は1995年生まれの山崎デルスさんで、現在はフリーカメラマンとして活動。

息子の父親は現在の夫ではなく、イタリア留学時代に10年ほど同居していた4歳年上の詩人の男性です。

ヤマザキマリさんは27歳のときにシングルマザーとして出産しています。

20代後半、油絵しか描いたことがなかったヤマザキマリさんは、イタリアで出会った日本人留学生たちから漫画を借り新しい表現形式を研究し始めます。

28歳ごろに初めて漫画作品を描き、新人賞に入選して賞金10万円を獲得

これがきっかけで1996年ごろイタリア暮らしを題材にしたエッセイ漫画でデビュー

その後、帰国と海外を行き来しながら漫画やエッセイを描き続け、2008年から連載を始めた『テルマエ・ロマエ』が大ヒット。

2010年にはマンガ大賞と手塚治虫文化賞短編賞のダブル受賞で、一躍「国際派漫画家」として広く知られる存在になりました。

ローマの浴場設計技師を主人公にした『テルマエ・ロマエ』は、漫画だけでなく、アニメ化・映画化もされ、日本とイタリア双方で大きな話題となりました。

​海外経験の長さからくる「外から見た日本」「外から見た欧州」の視点が、作品にユニークな風通しのよさを与えているのが特徴です。

その後も「スティーブ・ジョブズ」や「プリニウス」など歴史や文化をテーマにした作品が多数。

ヤマザキマリの高校は札幌聖心女子学院高校!中学は千歳中学校!

画像引用元:https://spr-sacred-heart.ed.jp

小学校と中学校は地元の千歳市立千歳小学校と千歳市立千歳中学校に通いました。

父は指揮者、母はヴィオラ奏者という家庭環境のなかで、東京都から北海道千歳市へ移り、母が札幌交響楽団の活動拠点に合わせて生活していました。


家にはフランス人やドイツ人など母の音楽仲間がしょっちゅう出入りし、聖フランシスコ会系の修道士がいる場所に預けられることもありました。

子どもの頃から

にふれる機会が多かったといいます。

中学2年生の冬休みには、本来は母と一緒に行く予定だったヨーロッパ旅行が、急遽

に変わってしまう出来事がありました。

飛行機で欧州に降り立ち、乗り換えがわからず駅で立ち尽くしたとき、

自分自身を励まし一歩踏み出したというエピソードがあります。

この決断が後のヨーロッパ留学の決断に原点となったのです。​

高校は札幌聖心女子学院高校(偏差値57に進学。

1963年開校のカトリック系ミッションスクールで、品位ある女子教育に力を入れてきた伝統校ですが、2025年3月に創立63年の歴史を閉じました

ヤマザキマリさんは、この学校に進学した当初から

と担任の先生に伝えましたが、

と言われ、美術予備校に通うことを提案されたそうです。

当時、ヤマザキさんはパンクカルチャーにも夢中で、髪型を極端なスタイルにしていました。

また、皆と同じ制服が嫌で仕立て屋に別の制服を作ってもらったりと、

であることに強い違和感を覚えていました。先生から

と注意されたことで、

という思いが強く、中退という決断に至ります。


ヤマザキマリ高校中退でフィレンチェ・アカデミア美術学院へ!

高校時代の違和感と、中学時代のヨーロッパ体験が、17歳での大きな決断につながります。

高校を中退し、イタリアへ行くことを決心します。

ヤマザキマリさんは、札幌聖心女子学院高校を中退後、大学入学資格検定(現在の高認)に合格

進学の条件を整えた上で、1984年に単身イタリアへ渡ります。

当初はロンドンの語学学校資料を取り寄せていました。

しかし、中学生時代のヨーロッパ旅行で出会った

マルコじいさん」

と呼ばれるイタリア人の知人が、母に向けて

「イギリスではなくイタリアに行くべきだ」

と強く勧めたことが、行き先をイタリアに変える決定打になりました。

という母の言葉が背中を押しました。

「失敗してもいいから自由に生きたい」

という当時のヤマザキさんの気持ちでした。

まずは北イタリアの街ヴィチェンツァの画塾で基礎を学び、その後、フィレンツェの国立フィレンツェ・アカデミア美術学院に入学。

ここで美術史と油絵を専攻し、フィレンツェを拠点に約11年間を過ごしました。

フィレンツェ時代には、4歳年上の詩人の男性と長く同居。

その相手との間に息子デルスさんを授かりシングルマザーとして子育てと制作を両立させるという、かなりハードな生活も経験しました。

両親が音楽家で自身は美術という芸術家一家に育ったヤマザキマリさん。

その考え方や決断は、芸術家らしく右脳を中心としていると筆者の勝手な憶測です。

ヤマザキさんは「考えるな!感じろ!のような世界観をもっているのではと思いました。

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まとめ:ヤマザキマリの高校や学歴は?聖心女子学院中退でフィレンチェ美術学院留学!

本日はヤマザキマリさんの高校や学歴について調べました。

  • 東京都生まれ、北海道千歳育ち
  • 中学校は千歳中学校、高校は札幌聖心女子学院高校
  • 厳格な校風のなか「自分らしく生きたい」という思いを強めたことが、その後の進路選択に大きく影響
  • 高校中退後、イタリア国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で学ぶ
  • 美術史と油絵を学んだのち、1996年に漫画家デビュー
  • 『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞と手塚治虫文化賞を受賞

ヤマザキマリさんのこれからの作品や、イタリア文化の解説が楽しみですね。

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この記事を書いた人

世界を旅した私、たからがWEBライターとなって旬の話題グルメ情報をあなたにお届けします。素顔はミュージカル好きの言語オタク。心はアラサー、体はアラフォー。現実はアラフィフィと少し。

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